ファイターレッド

就職してしばらくしてから、赤い口紅をつけるようになった。大森さんが自撮りの写真を載せたとき、赤い唇がすごく可愛く見えた。薄いピンクの服を着たときに自分でも赤い口紅を塗ってみたら、驚くほど華やかな雰囲気になった。ホテルのフロントでバイトしてたときに強制的につけさせられて、それが嫌で嫌で仕方がなかった真っ赤な口紅。今ではそれが、毎日会社へ行く自分のためのお守りみたいになっている。

都会に住み始めて約9ヶ月。私はまだ全然馴染めていない。どこに行っても人がたくさんいて、それだけで疲れてしまってすぐに帰りたくなるので、ゆっくり買い物もできない。ホームと言えるほど落ち着く場所も、お気に入りの秘密基地も、通いたくなる本屋さんも、まだ見つかっていない。候補はたくさんある。お店の方から積極的に立候補してくるくらいだ。でも全然選べない。田舎に来ると欲しいものが不思議と頭に浮かんで、ものがたくさんあるはずの都会よりもたくさん買い物ができる。髪も切りたくなる。外を歩きたくなる。

東京には、これからの人生を一緒に長く過ごしていきたい人がいる。田舎では絶対にできないような大きな仕事がある。それでも田舎には、それらを全て投げ捨ててもいいと思えるほどのじんわりとした安心感がある。親がいるから。

私は、東京から全然必要とされていない。私がそのアクセサリーを買わなくても、他の誰かが必ず買う。私よりももっとセンスが良くてオシャレな人が、その服を着こなして街を歩く。私が欲しいのは、私が手を挙げるか迷っている間に誰かがすぐに手を挙げて欲しがるようなものではなく、私にだけがその価値をわかるようなものだ。東京にはものがたくさんあるから、それだけに求めるもののレベルが自然と高くなる。だから似たような服が並ぶOL向けの店は行きたくない。東京なのに。東京なのに、個性が死んだ服なんか買いたくない。

田舎では、そんなひねくれた気持ちで服を選ぶことがないからすごく楽だ。落ち着いて、楽しく会社に行けそうな服をゆっくり選んでちゃんと買えた。商品がずらりと並んだ都会の駅ビルでは同じ顔をして見える服たちも、田舎なら必要な仕事着として向き合えた。

都会のアパートに帰る新幹線の中でうとうとして、母が運転する車の助手席に座っているような感覚に陥った。私の右隣に座るのは、知らないお兄さんだった。悲しくはない。寂しいけど、悲しいことではない。

明日からは可愛い服を着て赤い口紅をして、会社に行くんだ。