眩しい

獣になれない私たち 最終回だった。最初はただのこじらせた恋愛ドラマかと思っていたが、何となく見続けているうちに、少しずつ好きになっていった。最終回を見ていてわかったことは、学生に比べて大人は自分の環境を自由に選べるということだ。隣の喫茶店のウエイトレスのように、自分を取り巻く人々というのは目まぐるしく変わる。変えていいんだ。上司だって替えが効くんだから、仕事が嫌なら辞めることができる。家族が欲しければ作ることができる。引っ越しもできる。

多分もう、誰にも怒られない。高校生のとき、電車に乗っていてふと海が見えたからといって降りられるのは、大学生だけだと聞いたが、大人はもっとその先にまで行ける。海を越えて異国の地に行って、見たこともない果物を食べたり、不思議な光を放つビーズで作られたネックレスに見惚れたり、自分が触れたいもの、見たいものに好きなように近づいていくことができる。大人だって自由だ。

私は、私が1番好きな人でいたい。だから友達を増やしたいとか、スポーツを始めたいとか、そんなことは求めない。プーさんがいつ森に誘いに来ても、すぐに応えて遊びに行けるような人でありたい。大森靖子の信念を持ったまま、会社にしがみつきたい。みうらさんもオーケンも大森さんも、継続こそ成功、キープオンが大事だと言っているので、お腹にいいと聞くキムチを毎日食べたり、えごま油を毎日摂ったり、ジムもちょこちょこ続ける、自炊も、音楽も。その先の5年後、待ってる人と出会いたい。キムチを食べ続けることで出会える人だっているかもしれない。

ちゃんとねむい。ちゃんと終わる。ちゃん。